日新舎友蕎子「蕎麦全書」感想文。

「蕎麦全書」読みました。

読みにくかったですが、面白かったです。

全体の印象は、「ゆうきょうしのそば日記」みたいな感じです。

江戸時代と現代では、そばに対する常識が全く違うようで、ツッコミどころ満載です。

解説している老舗の四代目の方の話のほうが、わかりやすかったです。

ただ、片や”老舗の四代目”、片や”オンボロそば屋”、では何もかも違いすぎて、私とは意見がかみ合うことはないと思います。

”ゆうきょうし”さんは、身分の高いお金持ち、各地を食べ歩きしているような食通で、グルメだったのは確かなようで、そば打ちに関しても、かなり自分なりのこだわりがあったみたいです。

それが現代に通じるかどうかはともかく、江戸時代の中期にこの”食べ歩きブログ”のようなものを出すのは珍しかったのだと思います。

この時代の蕎麦を知る上では、貴重な資料なんだそうです。

日新舎友蕎子「蕎麦全書」。

皆さん、誰かもわからない、ゆうきょうしさんのことを持ち上げすぎな気がします。

それでもこの本の中に、素晴らしい一節を見つけたので、紹介したいと思います。

P132~P133に書いてあるので原文は読んでください。

文を要約すると、「蕎麦作りの腕自慢の方がいた。毎回やり方は同じであるのに、できた蕎麦には出来不出来があって、それを気に病み、そば打ちをやめてしまった。」

「いくらやり方を覚えても、蕎麦は加減物であるので、いつも同じにはできない。とにかく練習して十度が十度同じにできるようにならなくては、真の蕎麦上手とは言えない。ただ毎日蕎麦を打つ以外にない。蕎麦の加減にも人々の好き嫌いがあるにしても、十人が十人、百人が百人誰の口にも合うように作るのが、そば打ちの奥義である。」

ごもっとも、素晴らしい話です。

これを書いたのが江戸時代中期とは、びっくりします。

今のそば打ち職人のすべてに教訓になると思います。

百人のお客さんが来たら、百人のお客さんに喜んでもらえるように、このことを心に刻んで、これを目標に、腕を磨いて、毎日そばを打ちます。

ところで、私の目標としている名人の先生は、ホームページで、3割の人に美味しいと言ってもらえれば、みたいなことを書いていましたが、それを思い出して、すこし残念です。

最後に、今度、この本に書いてあるやり方で、江戸時代のそばを再現してみたいと思います。

読んでいる限り、あまりおいしそうではないですが。

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